2011年07月20日

30年前

突然の電話を受けた3日前のこの時間に、全日空の画面を見つめていた。
旭川からはすでに無し、新千歳からでも残席わずか、しかも正規料金、二人分。
いくらなんでも夫だけという訳には・・・。

ほぼ手付かずの給料袋があったので、娘に借りずに済んだけど、今月の生活費は?
振込みは? 来月でも間に合うんだろうか? なんて考えてる場合じゃなかった。
行かねばならない、ただ、それだけ。

翌早朝、黒服と黒靴を手にさげて南へ向かった。
新千歳まで軽トラで走り、機体は伊丹空港へ。

到着して数時間後に始まった読経。身内だけのささやかな式。
30年前、丸いちゃぶ台に一緒に座っていた人は、翌日骨だけを残し、四角い箱に納まってしまった。

私は手を合わせ詫びた。


私たちが京都を出ると決めたとき、
「一緒に行こう。」と言った。
「南ならいいけど、北は寒いから。」
それが返事だった。


やがて戻ってくると思っていたようだった。
いつ戻っても住む場所に困らないように一人暮らしを続けていた。
けれど私らの決心は固かった。

一度夫が、こっちで一緒に住まないか?と声をかけた。
空いている部屋も生活に余裕もなかったけど、それならそれで、どうにかせねばと思った。
けれど住み慣れた街を後にすることはなかった。


不出来な嫁ですみません。
私にはそれしか言えない。



posted by kyouei at 19:59| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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